NHK受信料は払うべきか?
別にネガティヴ・キャンペーンを張ろうとは思わないが、最近NHKの受信料についてとやかく話題になっているので、自分の思っていることを少し。
僕はNHKの受信料を必ず払わなければならないという理論が理解できていない。
日常生活の中で、僕らはこの本を読みたいと思えばお金を払って読むし、雑誌だって月刊、週刊を全て読み続けるというわけでなく、興味のある号だけ買って読むという習慣がある。
映画だってしかり。
自分の観たいものを選択して、観にいく。
結果その本、雑誌や映画が面白くなければ、それは自己責任として受け止める。
つまり、消費者側の欲求を満たすことは、対価を支払うという自己責任のもとに成り立っているといっていい。
ところがである。
NHKは、自分らの作った番組を勝手に電波にのせて、消費者側が見ていようと見ていまいと、「お宅にテレビありますよね?じゃあ払ってもらわないと・・・」と来る。
これっておかしくないだろうか?
勝手に”庶民はこういうのが好きだろう・・・”と雑誌を作って、せっせと郵便受けに配送し、一ヵ月後に「あなたあの雑誌読みましたよね?」って集金に来るのと、何ら変わりない気がするのだが・・・。
水戸黄門の好きな年配の方々は、合間に放映されるコマーシャルを見るという代償を払っている。
それでも「コマーシャルが邪魔くさいから水戸黄門は見ない」とはならないだろう。
勿論、放送の黎明期から社会的インフラを作ってきた功績は認める。
テレビは今ではなくてはならないインフラだし、テレビなしでの生活は考えられない。
でも、今日、NHKのようなモデルは時代にあわないように思うんだけど・・・。
昔、国営企業だった電電公社もいまやNTTとなり、他の民間企業と競争しながら新しいサービスを作り出している。
不祥事があったり、競合他社が良いサービスを出したりすれば、株式会社としての企業価値が左右される戦いを、同じ土俵でしている。
僕にはそのほうがよっぽど健全に思える。
もうひとつの元国営企業、JALを考えれば、彼らが整備関係等の話題をマーケットにばら撒かれたときに、ANAに対してどれほど劣勢を強いられたか。
NHKって本当に必要なんだろうか?
僕は今は受信料の支払いに納得できていない。
だから今は払いません。
納得できる材料が見つかったら、そのときは潔く払うけど。。。
僕はNHKの受信料を必ず払わなければならないという理論が理解できていない。
日常生活の中で、僕らはこの本を読みたいと思えばお金を払って読むし、雑誌だって月刊、週刊を全て読み続けるというわけでなく、興味のある号だけ買って読むという習慣がある。
映画だってしかり。
自分の観たいものを選択して、観にいく。
結果その本、雑誌や映画が面白くなければ、それは自己責任として受け止める。
つまり、消費者側の欲求を満たすことは、対価を支払うという自己責任のもとに成り立っているといっていい。
ところがである。
NHKは、自分らの作った番組を勝手に電波にのせて、消費者側が見ていようと見ていまいと、「お宅にテレビありますよね?じゃあ払ってもらわないと・・・」と来る。
これっておかしくないだろうか?
勝手に”庶民はこういうのが好きだろう・・・”と雑誌を作って、せっせと郵便受けに配送し、一ヵ月後に「あなたあの雑誌読みましたよね?」って集金に来るのと、何ら変わりない気がするのだが・・・。
水戸黄門の好きな年配の方々は、合間に放映されるコマーシャルを見るという代償を払っている。
それでも「コマーシャルが邪魔くさいから水戸黄門は見ない」とはならないだろう。
勿論、放送の黎明期から社会的インフラを作ってきた功績は認める。
テレビは今ではなくてはならないインフラだし、テレビなしでの生活は考えられない。
でも、今日、NHKのようなモデルは時代にあわないように思うんだけど・・・。
昔、国営企業だった電電公社もいまやNTTとなり、他の民間企業と競争しながら新しいサービスを作り出している。
不祥事があったり、競合他社が良いサービスを出したりすれば、株式会社としての企業価値が左右される戦いを、同じ土俵でしている。
僕にはそのほうがよっぽど健全に思える。
もうひとつの元国営企業、JALを考えれば、彼らが整備関係等の話題をマーケットにばら撒かれたときに、ANAに対してどれほど劣勢を強いられたか。
NHKって本当に必要なんだろうか?
僕は今は受信料の支払いに納得できていない。
だから今は払いません。
納得できる材料が見つかったら、そのときは潔く払うけど。。。

